松籟切-巻子本（清書用臨書用紙）

清書用臨書用紙

松籟切　伝藤原行成筆　巻子本　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

唐紙本十番歌合　断簡　（１２世紀初め頃の書写と考えられる）
写真の物は昭和２６年の模本で分割前の晩翠軒製の巻子本。

松籟切の名は元々題箋のない短い巻物で現在は断簡となっているが、昭和２６年の分割の際に付けられたもの。三井高保氏が「十番歌合」として旧蔵していた物を、氏の号に因んで『松籟切』と命名された。十番歌合の名は奥書に藤原弘資（日野弘資）が墨入れしている事に因る。元は和製の唐紙料紙三枚を繋いだ巻子本である。歌は十番、二十首分が清書されている。
同筆遺品がなく行成とは時代が合わない。系統的には伊房の藍紙本万葉集の仮名の流れを汲んだ字体に更に墨の濃淡と太細、遊びと連綿を加えた様な面白い書体であるが、筆者は不明。おそらくは世尊寺流の一人によるもの。
歌題はあるが詠者及び判者は書かれておらず歌合せとしては異例で、然もこれまでのどの歌集にも同一の歌が見当たらないことから、先達の歌の習いを目的とした自歌合とも推測され、現在では類聚歌合の紙背にあった目録より「承暦元年讃岐守顕季歌合」であるとされている。

料紙は鳥の子を使用した和製の具引唐紙で、胡粉引きの白色に柄は白雲母の鉄線唐草一柄のみの清楚で凛々しいもの。料紙３枚だけなので、同一色同一柄の物は纏まりが在って美しく見える。（本阿弥切の組み方と同様）

清書用松籟切は純雁皮製の具引唐紙、白色「鉄線唐草」１色１柄だけです。
臨書用紙は、縦９寸４分×横１尺２寸、分割前の巻子は長さ４尺２寸５分（料紙部分のみ）なので、十番全て書写するためには４枚必要です。


第三紙　６首十番・九番・八番（恋）・（祝）・（雪）	第二紙　７首七番・六番・五番・四番（霰）・（紅葉）・（七夕）・（花橘）	第一紙　７首四番　・三番　・二番・一番（花橘）・（郭公）・（櫻）・（霞）

見返し料紙	松籟切巻子本　十番歌合	清書用　松籟切９寸４分×１尺２寸

かな書

第一紙二番　櫻　　　　　　　　　　　　　　　　　　　一番　霞縦８寸６分×横９寸５分	第一紙　　　　　縦８寸６分×横１尺５寸９分実物は「四番左」の文字まで　　縦８寸５分×横１尺３寸６分使用字母はこちらへ　　　　　　断簡１（個人蔵）　　　　　縦８寸５分×横１尺２寸８分
。　　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
題=歌の主意、又はその語を歌中に収めるもの。　　歌人=歌詠み　一番（一組目）　　霞左（季節の変わり目に春の予兆として先ず見られる物は、あちらこちらの山辺に立ち込める霞で、そこから感じ取れましたねえ、ああ春が来たんだなあと。）との意。右（春がやって来たんだなあと思ってしまうだけで、見渡す景色までも一面に霞が掛ったように朧げに見えてしまうことだなあ。）との意。自身の心境にまで霞が掛って見えますよと詠んだ歌。　二番（二組目）　　桜左（全ての花が同様に美しく枝先までも咲き誇っているように目に映りますよ、吉野の山で花開いている桜の花は皆同じ様に。）との意。右（春霞が風を遠ざけて桜に吹き付けるのを遮ることの出来る者であったならば、花見をするのはのんびりと安心できたであろうにネ。）との意。然しながら、そうではないので風に散って終わないかと、はらはらして堪らないのですよと詠んだ歌。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	うたびと　　　　　　お題　　　歌人　ひとつがひ　　かすみ　一番　　霞ひだり左「立ち代る春の徴に見るものは、四方の山辺の霞なりけり」移り変わる春の兆しとして見るものは、辺り一帯の山辺の霞であったなあ。右「春立つと思ふに空の景色さへ、霞込めても見え渡るかな」春が来たと思うと空の景色でさえも、まるで一面に霞が掛ったように見える事だなあ。　二番　　桜左「押し並べて梢の桜見ゆるかな、吉野の山に咲ける桜は」全てが同じ様に枝先の桜が見えますよ、吉野山に咲いている桜の花は。右「春霞風を隔つるものならば、花見ることはのどけからまし」春霞が風を隔てられるものであったならば、花見をするのはさぞかし長閑であっただろうに。
霞；微細な水滴が空中に浮遊して空や遠方などがはっきりとは見えない現象。上代では季節による区別は無かったが、平安の頃より春の物を霞、秋の物を霧と区別した。また霞と霧は同じ現象であるが、和歌では主に遠くに棚引くのを霞、近くに立ち込めるのを霧と考えて区別していた。春の初めに水温が温むと水蒸気が発生し、靄が立って霞んだようになって徐々に遠くが見渡せ難くなる。これを称して霞と呼び、何となく温かみを感じるものとなる。秋になって冷たい空気が流れてきたり、冷たい雨が降ると、地面や水面から水蒸気が発生し靄となって霞むが、これを霧と呼ぶ。秋の靄は発生速度が速く一気に冷たくなるので、霧は体感的に冷たさの象徴となって歌に詠まれた。	た　かわ立ち代る；新しいもの、別の物と入替る。移り変わる。　よ　も四方；あちらこちら。いたるところ。押し並べて；全て同じようにして。一様に。あまねく。下二段活用動詞「押し並ぶ」の連用形に接続助詞「て」の付いた副詞。
第一紙四番　花橘　　　　　　　　　　三番　郭公縦８寸６分×横６寸４分	第一紙　　　　　縦８寸６分×横１尺５寸９分実物は「四番左」の文字まで　　縦８寸５分×横１尺３寸６分使用字母はこちらへ　　断簡２（個人蔵）　　縦８寸５分×横８寸３分
。　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
三番（三組目）　　　　郭公左（大空の雲の有る所の様な遥か遠くの声では無いのに、時鳥の鳴声を聞いたなら何故か心がうわの空で何事も手に付かなくなるものだなあ。）との意で、時鳥の声を聞くとそわそわしてしまうものですねと詠んだ歌。右（時鳥がー声だけ発っして通り過ぎて行ったよ、通り過ぎないで飽ることのない気持を留め置く所としてずっと居てくれたらなあ。）との意。つれなくしないでずっとそばに居て恋心を抱き続けさせて欲しいと詠んだ歌。　　四番（四組目）　　花橘左（確かに訪ねて来る人は途絶えてしまったのでしょうけれども、故郷に咲く花橘の花の盛りは、良い香と共に絶える事なく今でも満開になりますよ。）との意。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	ほととぎす　　三番　　郭公左「雲井なる声ならなくにほととぎす、聞けば心の空になるかな」遥か彼方にある声では無いのに、時鳥の声を聞いたなら心の空になるものだなあ。右「ほととぎす唯ー声に過ぎぬなり、飽かぬ心を関に据えばや」時鳥がー声だけ発っして通り過ぎて行ったよ、飽ることのない心を関として据えられたらなあ。　　　　　　　　　はなたちばな　四番　　　　　花橘左「訪ね来る人こそ絶えね故郷の、花橘の匂ふ盛りは」確かに訪ねて来る人は絶えてしまったけれども故郷の花橘の花の盛りは、絶える事なく今でも満開ですよ。
ほととぎす郭公；ほととぎす。時鳥・杜鵑・不如帰・沓手鳥・霍公鳥、等の当て字。初夏に渡来し秋に南方へ帰る。夏を知らせる鳥として親しまれ多くの詩歌に詠まれた。恋心を掻き立てる鳥や冥途からくる鳥としても。文無鳥・卯月鳥・夕影鳥・夜直鳥・死出の田長・魂迎鳥・橘鳥。等の異称があり和歌にもよく詠われる。はなたちばな花橘；橘の花。花の咲いている橘。日本原産のミカン科の常緑高低木で、暖地の沿岸地域に稀に自生する。六月頃葉腋に径ニセンチ程の良い香りの白花を開く。直径三センチ程度の黄色い果実が付くが、酸っぱくて食べられない。京都御所の右近の橘は栽培品種なので果実も大きい。柔らかで涼しい香りが特徴。	ならなくに；断定の助動詞「なり」の未然形「なら」に打消しの助動詞「ず」のク用法「なく」更に助詞「に」の付いた形。…では無いのに。…ではないから。かな；…だなあ。…であることよ。終助詞「か」に終助詞「な」の付いた形で詠嘆の意を表す。ばや；…たいものだ。自分の身に起ってほしい希望を表す。こそ…ね；確かに…は…だが。「こそ…已然形」の形が一文中に置かれている場合には已然形の部分で文が終止せず、逆説の条件句となってその事態強調し以下に続いて行く。
第二紙　　　　　　　五番　七夕　　　　　四番　花橘縦８寸６分×横５寸２分	第二紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌１行目まで　　縦８寸５分×横１尺５寸８分使用字母はこちらへ　　断簡２（個人蔵）　　縦８寸５分×横８寸３分
。　　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
右（陰暦五月の五月雨の降る頃に咲く橘の花の香をかぐと、私の待っている思い人が来たのかとばかりに思ってしまうことだなあ。）との意。恋心を抱いている思い人は何時も花橘の香を焚き染めていたので！と詠んだ歌。　　五番（五組目）　　七夕左（彦星様とお会い出来る機会を織姫様に御貸ししましたので、どうぞ引き留めてくださいな。棚機で織ったその天の羽衣を。）との意。自由に何処へでも飛んで行ける衣なので、ちゃんと衣ごと私を引き留めて措いて下さいよ！恋人になるんですからねと詠んだ歌。右（年に一度の七夕の今日という日を待っている期間よりも、今日この日の暗くなるまでの暮れて行く空を待つ時間はこんなにも待ち遠しいものだったのだなあ。）との意。日々の暮らしの中での待つ時よりも、会えると期待して待っている時間程、随分と長く感じると気付いて詠んだ歌。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	右「五月雨に花橘の匂ふ香を待つ人とのみ思ひけるかな」五月雨の頃に薫る橘の香をかぐと、待人かとばかり思ってしまうものですねえ。　　　　　　　　たなばた　五番　　　　七夕左「逢ふことを棚機つ女にかしつれば、引き止めてよ天の羽衣」お会い出来る事を織姫様に御貸ししましたので、引き留めてくださいな。その天の羽衣を。右「七夕の今日を待ちつるほどよりも、暮れ行く空は久しかりけり」七夕の今日を待っている時間よりも、今日の暮れて行く空は待ち遠しいものだったのだなあ。
さみだれ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　さつき　　みだ五月雨;陰暦の五月頃降り続く長雨。「五月の水垂れ」で「さみだれ」、平安人が雨を風流に呼んだもの。現在の六月の雨。梅雨。「右」の歌は次の歌を基に詠んだもの「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」（古今集）（陰暦五月を待って咲く橘の花の香をかぐと、昔親しんだ人の袖の香がすることであるよ。）以前恋人関係にあった人が衣類に焚き染めていた香で、その香は各人が自分の好みによって調合した独自の物であったから、親しい人であればその香をかいだなら、直ぐに誰と分かったのであった。あ　ま　はごろも天の羽衣；鳥の羽で織りあげた薄くて軽い衣。天人がこれを着て自由に空中を飛行出来ると云われているもの。	てよ；動作・作用が話し手の意図に基づき作為的・意志的に成り立ったことを表す助動詞「つ」の命令形で活用語の連用形に付いて命令の意を強調する。尊敬語に付いた場合には懇願の意を表す。かりけり；…たなあ。…たのだ。今まで気がつかなかった事実に気が付いて述べる意を表す。「かり」は形容詞ク用法の「けり」へ繋げる為の活用語尾。
第二紙八番　雪　　　　　　　　七番　霰　　　　　　　　六番　紅葉縦８寸６分×横５寸２分	第二紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌１行目「山ざとはゆきこそふかくふりにけれ、よひ」まで　　縦８寸５分×横１尺５寸８分使用字母はこちらへ　　　断簡３（個人蔵）　　縦８寸５分×横７寸８分
。　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
六番（六組目）　　紅葉左（秋の気配がしたならば色とりどりの紅葉が間もなく、竜田の山一面にずっと見え広がっていたものだったなあ。）との意。山一面がまるで錦織物の様に織り上げられていったものですよ！と詠んだ歌。右（色濃く染まっている神南備山の紅葉の葉は、どれ程多くの冷たい時雨を浴びて染められたのだろうか。）との意。何度の時雨を受ければ、あんなに色濃く染まるのでしょうと感嘆して詠んだ歌。　　七番（七組目）　　霰左（冷たい通り雨を繰り返しながら日を重ねる毎に神無月は、野辺の草葉をより一層色濃く変えて行くものですねえ。）との意。十一月ともなると日毎に草葉の色が変化していくものですねえ！と詠んだ歌。右（陰暦十月に随分と久しぶりで懐かしさの込上げて来る山里で、時雨が降ってくるように私の心に降って来るものは在りし日を懐かしむ涙なのでした。）との意。暫く振りに故郷へ訪れたのでしょう。神様さへ居なくなると云われる寒々とした十一月の山里で、意図せずにあれこれと思い出されて来るのでしょう。感極まって詠んだ歌。　八番（八組目）　　雪左　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	もみじ　六番　　　紅葉左「秋来れば紅葉の錦暇もなく、竜田の山に見え渡りけり」秋が来たならば紅葉の錦は間もなく、竜田の山一面にずっと見え広がっていたものよ。右「色深き神南備山の紅葉葉を、幾入までか時雨染むらん」色深い神南備山の紅葉の葉を、どれ程多くまで時雨が染めたのだろうか。　　　　　　　　　あられ　　　　　　しぐれ　七番　　　霰（霰としているが「時雨」の間違い）左「時雨つつ日を経るまでに神無月、野辺の草葉ぞ色変はりゆく」時雨ながら日を重ねる毎に神無月は、野辺の草葉をより一層色濃く変えて行くことよ。右「神無月久しさ勝る山里に、降り来るものは時雨なりけり」神無月の懐かしさの込上げて来る山里で、降って来るものは時雨なのでした。　八番　　　雪左
たつたがは　　　　　　　　　　　　いこまぐん　　竜田山；奈良県北西部の生駒郡を流れる竜田川の西部の山一帯を漠然と指す呼称。紅葉の名所でもある。かむなびやま神南備山；神の鎮座する山の称。奈良県生駒郡斑鳩町竜田にある三室山が有名。山麓を竜田川が流れ、紅葉の名所であり、時雨の名所ともなっている。歌枕として度々登場する山でもある。あられ霰；雪の結晶に氷点下付近の水滴が付着して凍り白色不透明で小さな氷の塊となって地上に降ってくるもの。径２～５ミリ程度。ここでは「しぐれ」と読んでいる。かむなづき　　　　　　　　　　　　　　やほよろず神無月；陰暦１０月の異称。八百万の神がこの月に出雲に集まり、他の国々に居ないからと考えられてきた俗信に基づく。出雲では神在月。時雨月。初霜月などとも。本来は「神の月」の意。「な」は「の」の意の上代の格助詞。また旧暦十月は新穀の採れる時期でその穀物で酒を醸す月「醸成し月」の意とも。　しぐれ時雨；冬の初めごろにさっと降ってさっと上がる冷たい雨だが、断続的に降ったり止んだりを繰り返し、時に晴れ間ものぞかせるなどすることもある趣深い雨降り。〔冬の季語〕　語源は「過ぐる」で通り過ぎる雨の意で秋でも詠まれる。この歌では晩秋として捉えられ、古今集では秋の歌に入れられている。古来涙を流す事の例えとして歌に詠まれる。	けり；ある事実を基に過去を回想する意を表す。後には詠嘆の意を表すようにもなった。いくしお幾入；布を何度か染めること。らむ；どうして…ているのだろう。…でいるのは何故だろう。現在の事実に付いてその原因・理由を疑問を持って推量する意を表す。ゆく；…し続ける。他の動詞に付いて物事が次第に進行する、引き続き進行する意を表す。なりけり；…であったということだ。…であったのだなあ。断定の助動詞「なり」の連用形「なり」に過去の助動詞「けり」の付いたもの。伝聞や詠嘆を表す。
第三紙九番　祝　　　　　　　　　　　　　　　　　八番　雪	第三紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌の下の句「こし人もみちまよふまで」より　　縦８寸５分×横１尺３寸１分使用字母はこちらへ「八番　雪　左」の文字は第二紙部分　　断簡５　　　　　　　断簡４　（五島美術館蔵）　　（ＭＯＡ美術館蔵）　　　　　　横５寸０分　　　　横４寸５分
解釈　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
八番（八組目）　　雪左（山里では雪だけは随分と多く降って深く積もっていたものであったが、辺り一面が真白で夜を通して来る人も路に迷ってしまう程であったものよ！。）との意。山里一面がまるで銀世界の様に塗り上げられて道さへ判別できなかったものですよ！と詠んだ歌。右（山里で暮らす木こりの人も気もそぞろにあてどない日々を過ごしているのだろうか、檜原の山に雪が降ってしまったことだ。）との意。雪深い山里では、何もする事が無くなってしまう雪になったと、しんしんと降る雪に感嘆して詠んだ歌。　　九番（九組目）　　祝左（絶える事なく緑を保っている常磐山のごつごつとした岩場に、そこに似合った様子で力強く生えている松の林は、その常緑の松の葉数の多さに貴方様の永遠の命だと願いたいものですね。）との意。主君の長寿を祝いますよ！と詠んだ歌。右　　　　　　　　　　　　　　　さかき（君主様の御代は神垣山の榊の葉が何時までも青々としている様に、永遠に何世代もの世の中が時を刻んで行こうとも、貴方様のその栄華は変わらないでしょう。）との意。榊の葉を引き合いに出し、君の世は永遠ですよ！と詠んだ歌。	八番　　　雪左「山里は雪こそ深く降りにけれ、宵こし人も路迷ふまで」山里は雪だけは深く降っていたのであったよ、夜を越して来る人も路に迷ってしまう程に！。右「杣人も漫ろに日をや過ぐすらむ、檜原の山に雪降りにけり」杣人も漠然と日を過ごしているのだろうか、檜原の山に雪が降ってしまったことだ。　九番　　　祝左「常磐山岩根に生ふる松原は、はかずに君か千代をこそ知れ」常磐山の岩根に相応しく生えている松の林は、その松の葉数に君の永遠の命だと理解して欲しい。　　　　右「君が代は神垣山の榊葉の、万代世経とも色は変はらじ」　君の御代は神垣山の榊の葉の如くに、何万世代もの世の中が経とうとも色は変わらないだろう。
そまびと杣人；木こり。杣木を伐り採ることを生業とする人ひばら　　ひのき檜原；檜の茂っている原野。檜は日本原産で多方面に利用価値の高い高級木材。いわい祝；めでたい事を喜ぶこと。祝賀の歌。いわね岩根；土中にしっかりと根を下ろした様な岩。「岩が根」ともときわやま常盤山；常葉山とも。照葉樹林や常緑針葉樹で一年中緑で覆われている山の意。かみがき神垣；玉垣。神社の周囲を巡らせた垣根。また、神社の意。　　　　　　　　　　　　　　　お　わ神垣山；神（天皇）様の御座します山の意。	すず（そぞ）漫ろ；何となく心が動くさま。漠然とそうなる様子。意に反して或は意に関係なく事がある方向に、ひたすら進んで行く様を云う語。らむ；…ているのだろう。…でいるのは何故だろう。現在の事実に付いてその原因・理由を疑問を持って推量する意を表す。係助詞「や」を受けての連体形。をや；…を…だろうか。文中に用いて疑問の意を表す。格助詞「を」に疑問の係助詞「や」。にけり；…てしまったことだ。…ていたのだったなあ。完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」に過去の助動詞「けり」の付いたもの。何かに気付いた事や詠嘆を表す。おふ；「生ふ」「負ふ」との掛詞。じ；…ないだろう。…まい。その事態は今後起らないと推量する意を表す。推量否定の助動詞。
第三紙　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　十番　恋	第三紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌の下の句「こし人もみちまよふまで」より　　縦８寸５分×横１尺３寸１分使用字母はこちらへ　　断簡６（個人蔵）　　縦８寸５分×横５寸５分
使用字母へ	現代語訳
十番（十組目）　　恋左（あの人に逢いたいと思いながらも逢えないもどかしさで、生きてさへいれば君に逢ふことも有るのでしょうに、どうしてこんなにも死んでしまいたいと思う程に恋しさが募ってしまうのでしょう。）との意。逢うことの出来ない苦しさに恋の辛さを詠んだ歌。右（もう死んでしまいたいと思う程に恋しさの募ってしまうこの気持ちをどうしたら良いものでしょうか、それでも生きていれば恋しいあの人に会う事もあるのでしょうに。逢いでもしたなら大変でしょうね。）との意。それこそ心臓が止まってしまうかもですね！と詠んだ歌。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	十番　　恋左「命あらば君に逢ふかも有るべきに、など死ぬばかり恋しかるらん」　命有る限り君に逢ふことも有るだろうに、どうして死ぬ程にも恋しさが募ってしまうのだろう。右「死ぬばかり恋ふる心を如何にせん、生けらば人に会ひもこそすれ」　死にたいと思うばかりに恋しさの募ってしまうこの心をどうしたものか、生されていれば人に会う事もあるだろうに。＊左、上の句の「きみにあふかも」は「きみにあふべきよも」とする説もある。
かすみ　一番（一組目）　　霞　　　　　　立春　　　　　　　　　　　　さくら　二番（二組目）　　桜　　　　　　陽春　　　　　　　　　　　　ほととぎす　三番（三組目）　　郭公　　　　初夏　　　　　　　　　　　　はなたちばな　四番（四組目）　　花橘　　　　盛夏　　　　　　　　　　　　たなばた　五番（五組目）　　七夕　　　　立秋　　　　　　　　　　　　もみじ　六番（六組目）　　紅葉　　　　盛秋　　　　　　　　　　　　しぐれ　七番（七組目）　　霰　　　　　　初冬　　　　　　　　　　　　ゆき　八番（八組目）　　雪　　　　　　冬　　　　　　　　　　　　いわい　九番（九組目）　　祝　　　　　　祝賀　　　　　　　　　　　　こい　十番（十組目）　　恋　　　　　　恋慕八番までは四季の自然物をお題として季節の移ろいを詠い、祝歌と恋歌で締めた物。歌合せとしての小さな体裁が整えられており、歌詠み・手習いの手本としては手頃な物であったのではなかろうか。	かるらん；どうして…ているのだろう。…でいるのは何故だろう。現在の事実に付いてその原因・理由を疑問を持って推量する意を表す。「かる」は形容詞カリ活用の連体形で「らむ」へ繋げる為の活用語尾。「らん」は「らむ」の音便。べき；きっと…するだろう。…するに違いない。確実な推量の意で、個々の主観を越えて理のあることを納得して下す判断である事を示す助動詞。如何にせん；どうしたらよいだろう。思い悩む様、又は嘆き諦める気持ちを表す。副詞「いかに」にサ変動詞「す」の未然形「せ」更に推量の助動詞「む」の終止形「む」の音便「ん」。もこそすれ；…するといけない。…したら大変だ。「もこそ…已然形」で、悪い事態を予想し危ぶんだり心配したりする意を表す。係助詞「も」に係助詞「こそ」。
奥書　　　　　　　　　　　　　　　　　　現代語訳　　　　　使用字母へ	読下し
かかんこの一巻の十番歌合は、世尊寺流の行成卿の華翰である。墨書の筆跡は明らかにして然り、世間で評判の我が国三跡と称える所の物である。最も机上の珍品として残して置くべき物であって、門外不出とするなど決して軽んじることをしてはいけない。そういうことであるから後に語り続ける為、加筆証明するものである。　　かんぶんみずのえねきしゅんちゅうじゅん　　　しょうにいふじわらひろすけ　　寛文壬子季春中旬　　正二位藤原弘資	此の一巻十番歌合は、世尊寺行成卿の華翰なり、墨痕明然、世に本朝三跡と称える所の者なり。尤も机上の珍玩と為すべきを以って、秘襲して軽んじること勿れ、しきるに後に語り加えて証明すなり。　かんぶんみずのえねきしゅん　　　　　　　　　　　　ひろすけ　寛文壬子季春中旬　正二位藤原弘資
解説	解説
ふじわらひろすけ　　　　　　　　　　　　　　　ごみずのおいんきゅうていかだん　藤原弘資；日野弘資とも呼ばれ、後水尾院宮廷歌壇における将来が期待できそうな新鋭の歌人として多くの人々の期待を担った一人であった。後水尾天皇から古今伝授を賜ったこともあって院主催の和歌会や連歌会を始め、各種の歌会等に頻繁に出席し、その文人活動の痕跡を今日に残している。寛文10年には西本願寺本三十六人集の内．58首を収めた業平集の補写本を手掛ており、現在に残る。藤原一族で官位は正二位の権大納言。(生年1617-没1687) 後水尾院；江戸初期の天皇で、1611～1629年の18年間在位したが、中宮の東福門院（徳川秀忠の娘の和子）を拠り所とした幕府の公家圧迫に反発して突如、寛永６年明正天皇に譲位した。以後、明正・後光明・後西・霊元天皇の四代５１年に渡る院政を敷いた。学問・詩歌に深い造形を示し、智仁親王・烏丸光弘らの伊勢物語・源氏物語などの進講を受けて伊勢物語御抄などを著し、古今伝授を受ける。叙景歌に優れ歌集として鴎巣集がある。弘資は寛文10年の歌会後に東福門院より巻物二巻を賜っており、その一つが十番歌合ではなかったかと思われる。宝永四年(1707)には古筆第六代古筆了音も「世尊寺大納言行成卿の十番歌合」として日野大納言弘資の奥書ありと鑑定している。(今日では世尊寺流の不明な別人)	かかん華翰；他人の文書、手紙を尊敬して言う語さんせき三跡；三蹟。三人の能書。小野道風・藤原佐理・藤原行成。ひしゅう秘襲；秘密にして受け継ぐこと、門外不出。かんぶん寛文；江戸前期、後西・霊元天皇朝の年号。（1661.4.25～1673.9.21）みずのえ壬；十干の第９。きしゅん季春；晩春。暮春。陰暦三月の称。

清書用　松籟切
清書用松籟切は純雁皮製の具引唐紙、白色「鉄線唐草」１色１柄だけです。
臨書用紙は、縦９寸４分×横１尺２寸、分割前の巻子は長さ４尺２寸５分（料紙部分のみ）なので、十番全て書写するためには４枚必要です。尚、分割前の巻子本には間に合い紙の奥書が在り、これを含めると更に１枚必要です。

練習用はこちら
８寸７分×１尺２寸

清書用　松籟切　具引唐紙　白　『鉄線唐草』

９寸４分×１尺２寸

清書用５枚入
４620円

具引唐紙　白　
『鉄線唐草』

白雲母摺り

清書用
ばら売り専用ページへ

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松籟切

１枚１０５６円（税込）

清書用
入数選択セットのページへ

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松籟切

選択用１冊５１７０円～１０１２０円

５入１冊
５１７０円（税込）

10入１冊
１０１２０円（税込）

ハクビ製清書用臨書用紙として制作している本品は、白具引きに白雲母で唐草柄をあつらえたものです。
手作り製品の為、製作途中で発生する色むら､刷毛むら、汚れ、キズ等僅かの違いで規格外となったものを特価提供しております。程度はピンからキリまで御座いますが､中には見た目殆ど変わらないものも含まれている場合も御座います｡
溪雨資料館にて”一部やや難あり”のものを　５５０円（税込）でお分け致しております。数に限りが御座いますのでご了承ください。
正規品の清書用については､お近くの書道用品店でお求めになれます｡
正規品の価格についてはこちら
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ご注文は　ＴＥＬ（086‐943‐8727）、又はにて


第三紙　６首十番・九番・八番（恋）・（祝）・（雪）	第二紙　７首七番・六番・五番・四番（霰）・（紅葉）・（七夕）・（花橘）	第一紙　７首四番　・三番　・二番・一番（花橘）・（郭公）・（櫻）・（霞）

見返し料紙	松籟切巻子本　十番歌合	清書用　松籟切９寸４分×１尺２寸

第一紙二番　櫻　　　　　　　　　　　　　　　　　　　一番　霞縦８寸６分×横９寸５分	第一紙　　　　　縦８寸６分×横１尺５寸９分実物は「四番左」の文字まで　　縦８寸５分×横１尺３寸６分使用字母はこちらへ　　　　　　断簡１（個人蔵）　　　　　縦８寸５分×横１尺２寸８分
。　　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
題=歌の主意、又はその語を歌中に収めるもの。　　歌人=歌詠み　一番（一組目）　　霞左（季節の変わり目に春の予兆として先ず見られる物は、あちらこちらの山辺に立ち込める霞で、そこから感じ取れましたねえ、ああ春が来たんだなあと。）との意。右（春がやって来たんだなあと思ってしまうだけで、見渡す景色までも一面に霞が掛ったように朧げに見えてしまうことだなあ。）との意。自身の心境にまで霞が掛って見えますよと詠んだ歌。　二番（二組目）　　桜左（全ての花が同様に美しく枝先までも咲き誇っているように目に映りますよ、吉野の山で花開いている桜の花は皆同じ様に。）との意。右（春霞が風を遠ざけて桜に吹き付けるのを遮ることの出来る者であったならば、花見をするのはのんびりと安心できたであろうにネ。）との意。然しながら、そうではないので風に散って終わないかと、はらはらして堪らないのですよと詠んだ歌。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	うたびと　　　　　　お題　　　歌人　ひとつがひ　　かすみ　一番　　霞ひだり左「立ち代る春の徴に見るものは、四方の山辺の霞なりけり」移り変わる春の兆しとして見るものは、辺り一帯の山辺の霞であったなあ。右「春立つと思ふに空の景色さへ、霞込めても見え渡るかな」春が来たと思うと空の景色でさえも、まるで一面に霞が掛ったように見える事だなあ。　二番　　桜左「押し並べて梢の桜見ゆるかな、吉野の山に咲ける桜は」全てが同じ様に枝先の桜が見えますよ、吉野山に咲いている桜の花は。右「春霞風を隔つるものならば、花見ることはのどけからまし」春霞が風を隔てられるものであったならば、花見をするのはさぞかし長閑であっただろうに。
霞；微細な水滴が空中に浮遊して空や遠方などがはっきりとは見えない現象。上代では季節による区別は無かったが、平安の頃より春の物を霞、秋の物を霧と区別した。また霞と霧は同じ現象であるが、和歌では主に遠くに棚引くのを霞、近くに立ち込めるのを霧と考えて区別していた。春の初めに水温が温むと水蒸気が発生し、靄が立って霞んだようになって徐々に遠くが見渡せ難くなる。これを称して霞と呼び、何となく温かみを感じるものとなる。秋になって冷たい空気が流れてきたり、冷たい雨が降ると、地面や水面から水蒸気が発生し靄となって霞むが、これを霧と呼ぶ。秋の靄は発生速度が速く一気に冷たくなるので、霧は体感的に冷たさの象徴となって歌に詠まれた。	た　かわ立ち代る；新しいもの、別の物と入替る。移り変わる。　よ　も四方；あちらこちら。いたるところ。押し並べて；全て同じようにして。一様に。あまねく。下二段活用動詞「押し並ぶ」の連用形に接続助詞「て」の付いた副詞。
第一紙四番　花橘　　　　　　　　　　三番　郭公縦８寸６分×横６寸４分	第一紙　　　　　縦８寸６分×横１尺５寸９分実物は「四番左」の文字まで　　縦８寸５分×横１尺３寸６分使用字母はこちらへ　　断簡２（個人蔵）　　縦８寸５分×横８寸３分
。　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
三番（三組目）　　　　郭公左（大空の雲の有る所の様な遥か遠くの声では無いのに、時鳥の鳴声を聞いたなら何故か心がうわの空で何事も手に付かなくなるものだなあ。）との意で、時鳥の声を聞くとそわそわしてしまうものですねと詠んだ歌。右（時鳥がー声だけ発っして通り過ぎて行ったよ、通り過ぎないで飽ることのない気持を留め置く所としてずっと居てくれたらなあ。）との意。つれなくしないでずっとそばに居て恋心を抱き続けさせて欲しいと詠んだ歌。　　四番（四組目）　　花橘左（確かに訪ねて来る人は途絶えてしまったのでしょうけれども、故郷に咲く花橘の花の盛りは、良い香と共に絶える事なく今でも満開になりますよ。）との意。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	ほととぎす　　三番　　郭公左「雲井なる声ならなくにほととぎす、聞けば心の空になるかな」遥か彼方にある声では無いのに、時鳥の声を聞いたなら心の空になるものだなあ。右「ほととぎす唯ー声に過ぎぬなり、飽かぬ心を関に据えばや」時鳥がー声だけ発っして通り過ぎて行ったよ、飽ることのない心を関として据えられたらなあ。　　　　　　　　　はなたちばな　四番　　　　　花橘左「訪ね来る人こそ絶えね故郷の、花橘の匂ふ盛りは」確かに訪ねて来る人は絶えてしまったけれども故郷の花橘の花の盛りは、絶える事なく今でも満開ですよ。
ほととぎす郭公；ほととぎす。時鳥・杜鵑・不如帰・沓手鳥・霍公鳥、等の当て字。初夏に渡来し秋に南方へ帰る。夏を知らせる鳥として親しまれ多くの詩歌に詠まれた。恋心を掻き立てる鳥や冥途からくる鳥としても。文無鳥・卯月鳥・夕影鳥・夜直鳥・死出の田長・魂迎鳥・橘鳥。等の異称があり和歌にもよく詠われる。はなたちばな花橘；橘の花。花の咲いている橘。日本原産のミカン科の常緑高低木で、暖地の沿岸地域に稀に自生する。六月頃葉腋に径ニセンチ程の良い香りの白花を開く。直径三センチ程度の黄色い果実が付くが、酸っぱくて食べられない。京都御所の右近の橘は栽培品種なので果実も大きい。柔らかで涼しい香りが特徴。	ならなくに；断定の助動詞「なり」の未然形「なら」に打消しの助動詞「ず」のク用法「なく」更に助詞「に」の付いた形。…では無いのに。…ではないから。かな；…だなあ。…であることよ。終助詞「か」に終助詞「な」の付いた形で詠嘆の意を表す。ばや；…たいものだ。自分の身に起ってほしい希望を表す。こそ…ね；確かに…は…だが。「こそ…已然形」の形が一文中に置かれている場合には已然形の部分で文が終止せず、逆説の条件句となってその事態強調し以下に続いて行く。
第二紙　　　　　　　五番　七夕　　　　　四番　花橘縦８寸６分×横５寸２分	第二紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌１行目まで　　縦８寸５分×横１尺５寸８分使用字母はこちらへ　　断簡２（個人蔵）　　縦８寸５分×横８寸３分
。　　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
右（陰暦五月の五月雨の降る頃に咲く橘の花の香をかぐと、私の待っている思い人が来たのかとばかりに思ってしまうことだなあ。）との意。恋心を抱いている思い人は何時も花橘の香を焚き染めていたので！と詠んだ歌。　　五番（五組目）　　七夕左（彦星様とお会い出来る機会を織姫様に御貸ししましたので、どうぞ引き留めてくださいな。棚機で織ったその天の羽衣を。）との意。自由に何処へでも飛んで行ける衣なので、ちゃんと衣ごと私を引き留めて措いて下さいよ！恋人になるんですからねと詠んだ歌。右（年に一度の七夕の今日という日を待っている期間よりも、今日この日の暗くなるまでの暮れて行く空を待つ時間はこんなにも待ち遠しいものだったのだなあ。）との意。日々の暮らしの中での待つ時よりも、会えると期待して待っている時間程、随分と長く感じると気付いて詠んだ歌。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	右「五月雨に花橘の匂ふ香を待つ人とのみ思ひけるかな」五月雨の頃に薫る橘の香をかぐと、待人かとばかり思ってしまうものですねえ。　　　　　　　　たなばた　五番　　　　七夕左「逢ふことを棚機つ女にかしつれば、引き止めてよ天の羽衣」お会い出来る事を織姫様に御貸ししましたので、引き留めてくださいな。その天の羽衣を。右「七夕の今日を待ちつるほどよりも、暮れ行く空は久しかりけり」七夕の今日を待っている時間よりも、今日の暮れて行く空は待ち遠しいものだったのだなあ。
さみだれ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　さつき　　みだ五月雨;陰暦の五月頃降り続く長雨。「五月の水垂れ」で「さみだれ」、平安人が雨を風流に呼んだもの。現在の六月の雨。梅雨。「右」の歌は次の歌を基に詠んだもの「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」（古今集）（陰暦五月を待って咲く橘の花の香をかぐと、昔親しんだ人の袖の香がすることであるよ。）以前恋人関係にあった人が衣類に焚き染めていた香で、その香は各人が自分の好みによって調合した独自の物であったから、親しい人であればその香をかいだなら、直ぐに誰と分かったのであった。あ　ま　はごろも天の羽衣；鳥の羽で織りあげた薄くて軽い衣。天人がこれを着て自由に空中を飛行出来ると云われているもの。	てよ；動作・作用が話し手の意図に基づき作為的・意志的に成り立ったことを表す助動詞「つ」の命令形で活用語の連用形に付いて命令の意を強調する。尊敬語に付いた場合には懇願の意を表す。かりけり；…たなあ。…たのだ。今まで気がつかなかった事実に気が付いて述べる意を表す。「かり」は形容詞ク用法の「けり」へ繋げる為の活用語尾。
第二紙八番　雪　　　　　　　　七番　霰　　　　　　　　六番　紅葉縦８寸６分×横５寸２分	第二紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌１行目「山ざとはゆきこそふかくふりにけれ、よひ」まで　　縦８寸５分×横１尺５寸８分使用字母はこちらへ　　　断簡３（個人蔵）　　縦８寸５分×横７寸８分
。　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
六番（六組目）　　紅葉左（秋の気配がしたならば色とりどりの紅葉が間もなく、竜田の山一面にずっと見え広がっていたものだったなあ。）との意。山一面がまるで錦織物の様に織り上げられていったものですよ！と詠んだ歌。右（色濃く染まっている神南備山の紅葉の葉は、どれ程多くの冷たい時雨を浴びて染められたのだろうか。）との意。何度の時雨を受ければ、あんなに色濃く染まるのでしょうと感嘆して詠んだ歌。　　七番（七組目）　　霰左（冷たい通り雨を繰り返しながら日を重ねる毎に神無月は、野辺の草葉をより一層色濃く変えて行くものですねえ。）との意。十一月ともなると日毎に草葉の色が変化していくものですねえ！と詠んだ歌。右（陰暦十月に随分と久しぶりで懐かしさの込上げて来る山里で、時雨が降ってくるように私の心に降って来るものは在りし日を懐かしむ涙なのでした。）との意。暫く振りに故郷へ訪れたのでしょう。神様さへ居なくなると云われる寒々とした十一月の山里で、意図せずにあれこれと思い出されて来るのでしょう。感極まって詠んだ歌。　八番（八組目）　　雪左　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	もみじ　六番　　　紅葉左「秋来れば紅葉の錦暇もなく、竜田の山に見え渡りけり」秋が来たならば紅葉の錦は間もなく、竜田の山一面にずっと見え広がっていたものよ。右「色深き神南備山の紅葉葉を、幾入までか時雨染むらん」色深い神南備山の紅葉の葉を、どれ程多くまで時雨が染めたのだろうか。　　　　　　　　　あられ　　　　　　しぐれ　七番　　　霰（霰としているが「時雨」の間違い）左「時雨つつ日を経るまでに神無月、野辺の草葉ぞ色変はりゆく」時雨ながら日を重ねる毎に神無月は、野辺の草葉をより一層色濃く変えて行くことよ。右「神無月久しさ勝る山里に、降り来るものは時雨なりけり」神無月の懐かしさの込上げて来る山里で、降って来るものは時雨なのでした。　八番　　　雪左
たつたがは　　　　　　　　　　　　いこまぐん　　竜田山；奈良県北西部の生駒郡を流れる竜田川の西部の山一帯を漠然と指す呼称。紅葉の名所でもある。かむなびやま神南備山；神の鎮座する山の称。奈良県生駒郡斑鳩町竜田にある三室山が有名。山麓を竜田川が流れ、紅葉の名所であり、時雨の名所ともなっている。歌枕として度々登場する山でもある。あられ霰；雪の結晶に氷点下付近の水滴が付着して凍り白色不透明で小さな氷の塊となって地上に降ってくるもの。径２～５ミリ程度。ここでは「しぐれ」と読んでいる。かむなづき　　　　　　　　　　　　　　やほよろず神無月；陰暦１０月の異称。八百万の神がこの月に出雲に集まり、他の国々に居ないからと考えられてきた俗信に基づく。出雲では神在月。時雨月。初霜月などとも。本来は「神の月」の意。「な」は「の」の意の上代の格助詞。また旧暦十月は新穀の採れる時期でその穀物で酒を醸す月「醸成し月」の意とも。　しぐれ時雨；冬の初めごろにさっと降ってさっと上がる冷たい雨だが、断続的に降ったり止んだりを繰り返し、時に晴れ間ものぞかせるなどすることもある趣深い雨降り。〔冬の季語〕　語源は「過ぐる」で通り過ぎる雨の意で秋でも詠まれる。この歌では晩秋として捉えられ、古今集では秋の歌に入れられている。古来涙を流す事の例えとして歌に詠まれる。	けり；ある事実を基に過去を回想する意を表す。後には詠嘆の意を表すようにもなった。いくしお幾入；布を何度か染めること。らむ；どうして…ているのだろう。…でいるのは何故だろう。現在の事実に付いてその原因・理由を疑問を持って推量する意を表す。ゆく；…し続ける。他の動詞に付いて物事が次第に進行する、引き続き進行する意を表す。なりけり；…であったということだ。…であったのだなあ。断定の助動詞「なり」の連用形「なり」に過去の助動詞「けり」の付いたもの。伝聞や詠嘆を表す。
第三紙九番　祝　　　　　　　　　　　　　　　　　八番　雪	第三紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌の下の句「こし人もみちまよふまで」より　　縦８寸５分×横１尺３寸１分使用字母はこちらへ「八番　雪　左」の文字は第二紙部分　　断簡５　　　　　　　断簡４　（五島美術館蔵）　　（ＭＯＡ美術館蔵）　　　　　　横５寸０分　　　　横４寸５分
解釈　　　　　　　　　　　　　　　　使用字母へ	現代語訳
八番（八組目）　　雪左（山里では雪だけは随分と多く降って深く積もっていたものであったが、辺り一面が真白で夜を通して来る人も路に迷ってしまう程であったものよ！。）との意。山里一面がまるで銀世界の様に塗り上げられて道さへ判別できなかったものですよ！と詠んだ歌。右（山里で暮らす木こりの人も気もそぞろにあてどない日々を過ごしているのだろうか、檜原の山に雪が降ってしまったことだ。）との意。雪深い山里では、何もする事が無くなってしまう雪になったと、しんしんと降る雪に感嘆して詠んだ歌。　　九番（九組目）　　祝左（絶える事なく緑を保っている常磐山のごつごつとした岩場に、そこに似合った様子で力強く生えている松の林は、その常緑の松の葉数の多さに貴方様の永遠の命だと願いたいものですね。）との意。主君の長寿を祝いますよ！と詠んだ歌。右　　　　　　　　　　　　　　　さかき（君主様の御代は神垣山の榊の葉が何時までも青々としている様に、永遠に何世代もの世の中が時を刻んで行こうとも、貴方様のその栄華は変わらないでしょう。）との意。榊の葉を引き合いに出し、君の世は永遠ですよ！と詠んだ歌。	八番　　　雪左「山里は雪こそ深く降りにけれ、宵こし人も路迷ふまで」山里は雪だけは深く降っていたのであったよ、夜を越して来る人も路に迷ってしまう程に！。右「杣人も漫ろに日をや過ぐすらむ、檜原の山に雪降りにけり」杣人も漠然と日を過ごしているのだろうか、檜原の山に雪が降ってしまったことだ。　九番　　　祝左「常磐山岩根に生ふる松原は、はかずに君か千代をこそ知れ」常磐山の岩根に相応しく生えている松の林は、その松の葉数に君の永遠の命だと理解して欲しい。　　　　右「君が代は神垣山の榊葉の、万代世経とも色は変はらじ」　君の御代は神垣山の榊の葉の如くに、何万世代もの世の中が経とうとも色は変わらないだろう。
そまびと杣人；木こり。杣木を伐り採ることを生業とする人ひばら　　ひのき檜原；檜の茂っている原野。檜は日本原産で多方面に利用価値の高い高級木材。いわい祝；めでたい事を喜ぶこと。祝賀の歌。いわね岩根；土中にしっかりと根を下ろした様な岩。「岩が根」ともときわやま常盤山；常葉山とも。照葉樹林や常緑針葉樹で一年中緑で覆われている山の意。かみがき神垣；玉垣。神社の周囲を巡らせた垣根。また、神社の意。　　　　　　　　　　　　　　　お　わ神垣山；神（天皇）様の御座します山の意。	すず（そぞ）漫ろ；何となく心が動くさま。漠然とそうなる様子。意に反して或は意に関係なく事がある方向に、ひたすら進んで行く様を云う語。らむ；…ているのだろう。…でいるのは何故だろう。現在の事実に付いてその原因・理由を疑問を持って推量する意を表す。係助詞「や」を受けての連体形。をや；…を…だろうか。文中に用いて疑問の意を表す。格助詞「を」に疑問の係助詞「や」。にけり；…てしまったことだ。…ていたのだったなあ。完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」に過去の助動詞「けり」の付いたもの。何かに気付いた事や詠嘆を表す。おふ；「生ふ」「負ふ」との掛詞。じ；…ないだろう。…まい。その事態は今後起らないと推量する意を表す。推量否定の助動詞。
第三紙　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　十番　恋	第三紙　　　　　縦８寸６分×横１尺４寸７分実物は「八番左」の歌の下の句「こし人もみちまよふまで」より　　縦８寸５分×横１尺３寸１分使用字母はこちらへ　　断簡６（個人蔵）　　縦８寸５分×横５寸５分
使用字母へ	現代語訳
十番（十組目）　　恋左（あの人に逢いたいと思いながらも逢えないもどかしさで、生きてさへいれば君に逢ふことも有るのでしょうに、どうしてこんなにも死んでしまいたいと思う程に恋しさが募ってしまうのでしょう。）との意。逢うことの出来ない苦しさに恋の辛さを詠んだ歌。右（もう死んでしまいたいと思う程に恋しさの募ってしまうこの気持ちをどうしたら良いものでしょうか、それでも生きていれば恋しいあの人に会う事もあるのでしょうに。逢いでもしたなら大変でしょうね。）との意。それこそ心臓が止まってしまうかもですね！と詠んだ歌。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ	十番　　恋左「命あらば君に逢ふかも有るべきに、など死ぬばかり恋しかるらん」　命有る限り君に逢ふことも有るだろうに、どうして死ぬ程にも恋しさが募ってしまうのだろう。右「死ぬばかり恋ふる心を如何にせん、生けらば人に会ひもこそすれ」　死にたいと思うばかりに恋しさの募ってしまうこの心をどうしたものか、生されていれば人に会う事もあるだろうに。＊左、上の句の「きみにあふかも」は「きみにあふべきよも」とする説もある。
かすみ　一番（一組目）　　霞　　　　　　立春　　　　　　　　　　　　さくら　二番（二組目）　　桜　　　　　　陽春　　　　　　　　　　　　ほととぎす　三番（三組目）　　郭公　　　　初夏　　　　　　　　　　　　はなたちばな　四番（四組目）　　花橘　　　　盛夏　　　　　　　　　　　　たなばた　五番（五組目）　　七夕　　　　立秋　　　　　　　　　　　　もみじ　六番（六組目）　　紅葉　　　　盛秋　　　　　　　　　　　　しぐれ　七番（七組目）　　霰　　　　　　初冬　　　　　　　　　　　　ゆき　八番（八組目）　　雪　　　　　　冬　　　　　　　　　　　　いわい　九番（九組目）　　祝　　　　　　祝賀　　　　　　　　　　　　こい　十番（十組目）　　恋　　　　　　恋慕八番までは四季の自然物をお題として季節の移ろいを詠い、祝歌と恋歌で締めた物。歌合せとしての小さな体裁が整えられており、歌詠み・手習いの手本としては手頃な物であったのではなかろうか。	かるらん；どうして…ているのだろう。…でいるのは何故だろう。現在の事実に付いてその原因・理由を疑問を持って推量する意を表す。「かる」は形容詞カリ活用の連体形で「らむ」へ繋げる為の活用語尾。「らん」は「らむ」の音便。べき；きっと…するだろう。…するに違いない。確実な推量の意で、個々の主観を越えて理のあることを納得して下す判断である事を示す助動詞。如何にせん；どうしたらよいだろう。思い悩む様、又は嘆き諦める気持ちを表す。副詞「いかに」にサ変動詞「す」の未然形「せ」更に推量の助動詞「む」の終止形「む」の音便「ん」。もこそすれ；…するといけない。…したら大変だ。「もこそ…已然形」で、悪い事態を予想し危ぶんだり心配したりする意を表す。係助詞「も」に係助詞「こそ」。
奥書　　　　　　　　　　　　　　　　　　現代語訳　　　　　使用字母へ	読下し
かかんこの一巻の十番歌合は、世尊寺流の行成卿の華翰である。墨書の筆跡は明らかにして然り、世間で評判の我が国三跡と称える所の物である。最も机上の珍品として残して置くべき物であって、門外不出とするなど決して軽んじることをしてはいけない。そういうことであるから後に語り続ける為、加筆証明するものである。　　かんぶんみずのえねきしゅんちゅうじゅん　　　しょうにいふじわらひろすけ　　寛文壬子季春中旬　　正二位藤原弘資	此の一巻十番歌合は、世尊寺行成卿の華翰なり、墨痕明然、世に本朝三跡と称える所の者なり。尤も机上の珍玩と為すべきを以って、秘襲して軽んじること勿れ、しきるに後に語り加えて証明すなり。　かんぶんみずのえねきしゅん　　　　　　　　　　　　ひろすけ　寛文壬子季春中旬　正二位藤原弘資
解説	解説
ふじわらひろすけ　　　　　　　　　　　　　　　ごみずのおいんきゅうていかだん　藤原弘資；日野弘資とも呼ばれ、後水尾院宮廷歌壇における将来が期待できそうな新鋭の歌人として多くの人々の期待を担った一人であった。後水尾天皇から古今伝授を賜ったこともあって院主催の和歌会や連歌会を始め、各種の歌会等に頻繁に出席し、その文人活動の痕跡を今日に残している。寛文10年には西本願寺本三十六人集の内．58首を収めた業平集の補写本を手掛ており、現在に残る。藤原一族で官位は正二位の権大納言。(生年1617-没1687) 後水尾院；江戸初期の天皇で、1611～1629年の18年間在位したが、中宮の東福門院（徳川秀忠の娘の和子）を拠り所とした幕府の公家圧迫に反発して突如、寛永６年明正天皇に譲位した。以後、明正・後光明・後西・霊元天皇の四代５１年に渡る院政を敷いた。学問・詩歌に深い造形を示し、智仁親王・烏丸光弘らの伊勢物語・源氏物語などの進講を受けて伊勢物語御抄などを著し、古今伝授を受ける。叙景歌に優れ歌集として鴎巣集がある。弘資は寛文10年の歌会後に東福門院より巻物二巻を賜っており、その一つが十番歌合ではなかったかと思われる。宝永四年(1707)には古筆第六代古筆了音も「世尊寺大納言行成卿の十番歌合」として日野大納言弘資の奥書ありと鑑定している。(今日では世尊寺流の不明な別人)	かかん華翰；他人の文書、手紙を尊敬して言う語さんせき三跡；三蹟。三人の能書。小野道風・藤原佐理・藤原行成。ひしゅう秘襲；秘密にして受け継ぐこと、門外不出。かんぶん寛文；江戸前期、後西・霊元天皇朝の年号。（1661.4.25～1673.9.21）みずのえ壬；十干の第９。きしゅん季春；晩春。暮春。陰暦三月の称。